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秦氏の一族・支族と支流

秦氏といっても、どんな人物が居たのか? という詳細まではあまり知られていない。そこで今回は秦氏である人達の紹介をしてみたいと思う次第である。秦氏と言えば、どんなイメージがあるだろうか? そんな歴史の事まで知る必要があるか? 必要性の問題からすれば、知っても仕方の無い事だと終わってしまう様な事である。確かにその通りかも知れないが、これが知ってみると面白いかも知れないのだ・・・。


秦氏は色んな場所で、色んな時代に登場していた。まずは基本的な話しからだが、字の違っている場合もある。それは、波多、羽田、半田、畑、畠、幡、端、などの名前の人達である。これらの人も、元は‘秦氏’なのである。さらにこれらに別の一字を加えているものとしての名前に、秦野、波多野、畠山、八幡、なども実は、秦氏の流れである。さらに、全く違う名前である秦氏も存在していた。それは、林、宗、赤染、辛島、長田、長蔵、神保、小松、高橋、原、常、井手、依智、などの人である。


驚くかも知れないが、陰陽道の話しによく出て来る安倍晴明の敵役によく使われている陰陽術の大家として知られた、あの芦屋道満も実は秦氏であり、本名は秦道満(ハタノドウマン)だったりする。また、人魚の肉を食べた事で800歳まで生きた八百比丘尼(ヤオビクニ)も、道満の娘と言われているので、秦氏である。さらに九州の島津氏、対馬の宗氏、越の神保氏、そして四国の有名人である長宗我部(チョウソカベ)氏なども、何と‘秦氏’なのである。


まだある! 徳川幕府を支援したという大久保長安、幕末の時代の有名人の勝海舟!! 歌舞伎の世界でも、そのルーツである能楽の観阿弥、世阿弥、も始祖は秦川勝とされている。そして‘忍者’の世界にも、服部半蔵、桃地三太夫、藤林長門、などの伊賀忍者は、ほとんど‘秦氏’であり、「世に泥棒の尽きる事なし・・・」と言って釜ゆでの刑にあったあの石川五右衛門さえも、何と‘秦氏’である!! 秦氏の一族は弥生時代から日本に渡って来て以来、全国に広がって行き、あちこちの国に散らばっている。その為、秦氏は天皇家に於いては、諜報活動(情報収集)を担っていた事は間違いない。


秦氏の一族は、勢力があった事から天皇家では財務を司り、戦略などに於いても智慧袋の役割をしていたとされている。また武将として名を記されている場合もあったらしいが、一番考えられるのは、諜報の活動や作戦の指揮などの役割ではないか?


天皇家では、表には賀茂氏の一族による陰陽術によって皇族を護る術を尽くし、陰では秦氏による情報によって何をどうするか? に於ける作戦があったと考えると、この二つの氏族の在り方が解り易くなるのではないかと思ったりする。


因みに神武天皇の一族はユダヤ系ではガド族となり、秦一族はユダ族で、賀茂氏の一族はレビ族になるらしい。

陰陽師

芦屋道満は、よく安倍晴明の物語に‘悪役’として登場するが、その実像は別である。では何故、悪役にされているのか? それは単純に言えば、それだけの陰陽道の世界での人物であったからだ。実際に道満が居た地元では尊敬された存在であった。さらに述べれば、晴明の物語の種類をもっとよく調べれば、道満が幼き晴明に陰陽術を始め、世情を教えているという話しもあるのだ。この話しの道満は‘ワル’ではない。興味があれば一度、調べてみて欲しい。まぁ、道満が悪役に使われた理由としては、おそらくそういう人物を晴明が負かせる話しがあれば、安倍家の名が上がるという事であろう。


晴明の母親はキツネと言われているが、これは陰陽師が使う術は摩訶不思議であるが故に‘キツネにつままれた’様な思いになる事からの‘狐’という言葉の使いまわしだろうと考えられる。また昔の日本では人間を動物などに例える事がよくあるのだ。土蜘蛛もその一つである。調べてみると‘狐’というのは‘旅芸人’という意味があった。これは一つの例えだが、つまり決まった住居を持たず、あちこちに転居する者達の事を‘狐’に例えてそう呼んでいたという事だ。京都伏見のお稲荷さんもだが、よく狐の神様と思われがちであるが、さにあらず。狐は使者であって、大明神その人ではない。稲荷大明神の名前は‘ウガノミタマノカミ’という人の姿で現されている。狐は稲の成る場所にひょっこりとよく現れる事から、稲と狐の関係を示していた訳であり、狐が現れる所は、稲が成るという五穀豊穣を意味しているのが正しいと言えよう。だが、これも本当の話しは違っているのだ。本当はキツネではなく、山犬である。もっと追求した事を述べれば、山犬と呼ばれていた‘日本狼’である。昔は狐も狼も‘山犬’と呼んでいたらしい。残念ながら日本狼は絶滅してしまったが。少し話しが‘ダッセン’したので軌道修正をしなければ・・・。


京都遷都の計画を立てた藤原家に於いても、式家や、北家についてよく調べてみて欲しい。そこには母親が秦氏の出である事が隠れている。つまり、半分は秦氏の血筋でもあるのだ。簡単に言えば、親戚関係である。


これと同じ事が‘賀茂氏’にもある。また、賀茂氏の一部は秦氏に養子となって、秦氏を名乗って勢力を上げたという話しも出て来るから面白いではないか。賀茂氏の一族も秦氏と親戚関係である。


秦氏と関係している氏族でも、敵がいなかった訳ではない。秦氏の周囲に関わって来る氏族は、漢(アヤ)氏、物部(もののべ)氏、曽我氏、佐伯氏、平氏・・・ 


天皇家は、始めは血筋の継承を行っていたが、途中からは即位をすれば血筋でなくても天皇という事であるらしい。

作家・秦 恒平 提言

提言  作家・秦 恒平
 
唐突かつ失礼ながら、不信任案否決後の情勢に関連して、下記の所信ご一読くださらば幸いです。もし、ご賛同の上お願い出来ますなら、お知り合いの方に、同文または趣旨に触れてメール等でお伝えくださらば有難う存じます。


判りました。それではブログにて貴方様の文を公表させて頂きます。

わたしは、強く要請する。
菅総理の「退陣」を願うなら、野党も与党もマスコミも東電も財界も、菅内閣に「渾身の協力」を惜しむな。
それが総理約束の「めど」の立つのを早める第一義の早道である。
不信任案は否決された。憲法からみて国会は大多数で「信任」議決したのである。
いまは、何よりも「原発危害の冷却安定と絶対的な安全対策」実現をもって、また故地と自宅を奪われた人達に、せめて落ち着ける家屋提供をもって、最低限の「めど」とすべきである。許し難い放射能汚染に戦く被災者も、国民も、わたしも、また世界も、それを切望し監視している。
「退陣」問題を性懲りもなく新たな「政局」の火種に煽動して、さまざまな党や団体や組織の自己利益を優先し、被災地・被災者の不幸をさらに煽るような卑怯な愚挙は、即刻やめよ。
野党、与党、マスコミ、東電、財界は、総理の約束した「めど」実現に、全力をそそいで内閣に協力せよ。 
 


平成二十三年六月三日  作家・日本ペンクラブ理事六期十二年  秦 恒平
作家 秦 恒平の文学と生活
http://umi-no-hon.officeblue.jp/

秦氏と藤原家

秦氏の裏話し・・・。
http://uzumasa-1962.at.webry.info/201106/article_21.html
◆コメント

驚きました。
《内容》
藤原氏は秦氏ですね。違うならば、“元”から違うことになってしまいます。

金鷹
《内容》
藤原家は、確かに秦氏とは婚姻関係にありますが、秦氏ではありません。藤原の祖は鎌足で、元は中臣(なかとみ)と言います。中臣氏の一族が鎌足の代になって帝より藤原の名を頂いて、それから藤原家が始まっているのです。元々は卜部(うらべ)氏や忌部(いんべ)氏など神道の神事を行っていた一族の血筋です。因みに卜部氏は後の吉田神道の吉田になっております。全国の国家神道の神社の元締めとなったのが中臣一族で、裏神道を司るのが忌部氏。中臣と忌部は対立をしていた神道の一族で、元を糺せば面白い話しが沢山あります。最近、物部の一族が注目されておりますので、それらの面白い話しは明かされて行く事でありましょう。

厳眞
《内容》
天皇家の名のもとに色々と動かしていたのは藤原の事。秦氏が建立した全国の神社は八万社。関係している社をあわせると九万社に及ぶ。天皇家よりも古くから神事に関わっていたのは忌部氏。忌部氏は、物部の血筋。日向族から天皇制度が始まり、物部も秦氏も天皇家に支配される。秦氏の一部は山背の鴨川流域に拠点を置き‘鴨’を名乗り‘賀茂氏’となる。秦氏が建立した全国の神社に賀茂氏が関係している。太古の昔に物部と秦氏は交流があった。しかして賀茂氏と忌部氏も当然の関係がある。古神道と国家神道とのパイプラインに秦氏が居る。神社を建てる一つの意味は、そこは我が国であり、我が土地である印とするもの。神社を建立したのは秦氏だが、建立させたのは天皇家である。物部の祀る神々も神社へ入れた。秦氏の意思ではなかったが。

秦氏であるPOINT」を御教授下さい。
《内容》
お二人のコメントを読ませて頂きました。秦氏が婚姻関係のあった藤原氏を「秦氏の政治担当にした」のだということでしょうか?婚姻関係が有ったのですから、秦氏+藤原氏のハーフの「血脈」が受け継がれて今も沢山の子孫がいるように思われますが、ハーフでは秦氏ではなくなると言われる。それは、どういった「分別」で秦氏となるのでしょう。伊雑宮と内宮の因縁のお話も耳にしております、九事本紀を禁書にしたことや…

貴方は?
《内容》
そうではない。実際の政治をしていたのは藤原の一族。鍵は不比等と天武。秦氏は天皇家に遣える一族であるが、常に陰に居たのは、物部と同じ事。秦氏を知るものは天皇家の秘密を知り、日本の秘密も知る事になる。日本の象徴は天皇家でなければならぬ事。それを主張したのが、藤原家。そして天武帝。
藤原の陰に秦氏は居たが、それは控えていたに過ぎぬ事。藤原家は天皇家と婚姻関係を持ち、日本の歴史は天皇家の歴史とした一族。本や雑誌が秦氏を面白く書いているが、それらの正しい事は3分の1と思った方が良い。ハーフの血筋の事は母親が秦氏、妻が秦氏の出自であるというだけの話し。藤原が秦を名乗る事は無い。

秦氏の裏話し・・・

秦氏の裏話し・・・
太秦之厳眞、

さて、今回で5回目に及ぶ‘裏話し’である。そろそろオチャラケた世間話しを終わらせなければならない。
そこでだ。 今回は皆が考えていない様な事に着眼点を置いて、共に真実を見ようではないか? 良いかな? 

我が秦一族について色々と随分と書いてくれて、世間を騒がせている飛鳥氏の話しと、それらの元になっている裏神道=八咫烏の話しと、籠神社の海部氏の話しについて真実を知る為に‘消去法’を用いる事にしたい。以下の事について見つめてみて欲しい。


1、秦氏の一族は本当にユダヤの系譜か? 確証があるか?


2、日本の神道はキリスト教と本当に関係があるのか? 確証があるのか?


3、天皇家はユダヤイスラエルのガド族なのか? 本当にそうか?


4、神武天皇と、崇神天皇と、応神天皇とは同じという証拠があるのか?


5、イスラエルの三宝と、神道の三種神器は同じか? 証明されたものがあるか?


6、賀茂氏の一族はレビ族という証拠が何処かにあるのか? 何処にあるか?


7、伊勢の内宮や外宮や、熱田にユダヤの宝があるのか? 誰か見たのか?


8、式内遷宮で、これらが揃ってアマテラスが蘇ると思えるか?


9、アマテラスは、イエスか? 証拠があるか?


10、三柱鳥居は、キリスト教の三位一体と本気で思っているのか? 


まだあるだろうが、取り敢えずは、以上の事から考えてみようではないか。


証拠が無いものは消去すると良い。


証明出来ないものは消去すると良い。


確証のないものは消去すると良い。


実証出来ないものは消去すると良い。


見た事が無いものは消去すると良い。


秦一族は、只、カバラの知識も持っていたという話しだけだ。これは古代中国に於いてもカバラは大分古い時代から中国では広く知られていたと言われている。従ってその知識があって我が秦一族は伝来したという事は間違いないと言えるだろう。道教も当然、老子の時代から始まっている。陰陽の理論や五行説も古くから知られているものである。しかしこれらが事実であるとしても秦一族がイスラエルの流れなのか? 

太秦が‘うずまさ’と読んでもこれは宇豆と勝が本当の話しだ。わざわざヘブルの‘光の賜物’などと訳す必要が何処にあるのだ? 関係ない話しである。佐伯博士の話しはあくまでも‘おはなし’である。証拠はない。原始キリスト教の件も同じだ。それ以上の話しではない。景教ではないからと言って原始キリスト教だと言うのは悪あがきである。これらは全て知識の世界であって、血筋の事ではない。

物部一族の話しも現実の事を考えてない。歴史は間違っていなくとも、伊勢の式内遷宮の時にドンデン返しが可能だとは限らない。今も中臣氏が元締めである事には変わり無いからだ。黙っているとは思えない。天皇家も黙っていないだろう。

これからの時代は、皆で確証の無い話しは潰して行かねばならん・・・。
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